英ファイナンシャル・タイムス紙のチベット展に関する記事より

By IAATE-NY, 2009/08/10 23:36

文化的側面で集中攻撃にさらされる至宝の数々

by. Sue Morrow Flanagan ファイナンシャル・タイムス(ロンドン)
April 4th, 2005
http://www.ft.com/cms/s/2/0e9e1b2c-a4a5-11d9-9778-00000e2511c8.html

ーーー以下抜粋し、日本語訳 ーーー

ニューヨークの最新の美術館、ルーベン美術館が大いに議論の余地が残るチベット美術の展覧会会場となっている…

建立300年以上がたつ、チベット仏教のバチカンともいうべきラサのポタラ宮、ノルブリンカ夏の離宮、そして創立から6年を迎えたチベット博物館からの至宝の数々が初めてチベットの外で閲覧される…

この展覧会はどこに行っても、抗議者やデモに迎えられている。3カ所目のニューヨークでの展覧会では、Student for a Free Tibet、Tibetan Women’s Association、そしてTibetan Youth Congressなどが連合して、この展覧会を「中国が侵略したチベットの盗まれた美術」展とみなし、非難している。

一番政治的に象徴的な作品は、ダライ・ラマ5世による印の展示である。ルーベン美術館の学芸員長のキャロン・スミス氏はこの印と他のふたつの類似した印は「中国とチベット間での敬意と権力の譲渡」を意味するという。この印は中国全土で、チベットがいつも中国の一部であったことを記す証拠として映画のなかで見せられている、いくつかの物品のひとつだ。前世紀にはこの聖なる作品をどう解釈するかで、数千人が亡くなったと、コロンビア大学のチベット学の講師(*現在助教授)のロビー・バーネット氏は言う。美術館のスタッフが建物の入り口にいるチベット人抗議者たちとの駆け引きに絡む義理があることも多分、驚きに値しないだろう。
バワーズ美術館の理事長のピーター・ケラー氏は頭をふり、「美術品がこんなに政治的で、こんなに神経をとがらせて取り扱われなくてはならなくなったのを今まで見たことない」と言う。

ルーベン美術館ではその抗議活動が激化した。抗議者たちはルーベンのウェブサイトに見せかけたパロディサイトを作り、コレクションの解説が中国の政治工作だとして攻撃した。サイトは神聖な作品のルーベン美術館の解説は前の展覧会よりも改善されたと認めているが、 Students for a Free Tibetの理事長のラドン・テトン氏は美術館4館と中国政府の間で談合があったと見ている。「彼らは政治工作遂行に加担していることを知っています。また彼ら自身が中国の戦略の一部の基盤となることを許しているのです」…

バワーズとヒューストンでの展覧会が非難を招いたのを見て、ルーベンは中国が用意したカタログを取り除き、作品の解説を簡潔にし、緊張状態を鎮めようとした。スミス氏はこの展覧会が、海外に住むチベッ ト人たちが「美術館が保存し、美術館が展覧会をしない限り見ることのできない、彼らの文化の一部を見ることができる」機会だとみなしている。

だが、テトン氏にとって抗議は怒りの懇願である。開催前の会合でもう1人のルーベン美術館の学芸員は抗議者たちに意見の相違は横において、彼らの文化遺産の展示を誇りに思うべきだと促した。テトン氏は怒って「ロシアがもし冷戦に勝ってあなたの国を乗っ取って、独立宣言を世界ツアーにかけたら、彼はどう感じるでしょうか?」と返答した。

しかし、抗議者もルーベン美術館の職員も一般の人たちに、この展覧会を見て欲しいと切望している。
「私たちはこの展覧会を見にいかないで欲しいとは言っていません」とテトン氏は言う。
「だけど一般の人たちがチベットの問題が言及されていない展覧会を見に行くのは良くない。見に行ってください、だけど見ている物がどういう物か知っているべきです」また、チベットのチベット人たちで中国人と一緒に働いて、彼らの文化遺産が保存されているのを見届けている人々に対して抗議者たちは批判的ではない。
「私たちは彼らに対して異存はありません」と言う。

バワーズ美術館に宛てた手紙の中で、ダライ・ラマはチベットの伝統美術の重要性を明らかにする展覧会を歓迎した。
「この数十年のなか、チベット内で大規模な破壊活動が行われたにも関わらず、いくつかの美術品は無事でした。このような試みがチベット文化が永遠に消滅しないよう保存していくことに貢献することを私は望みます」。

1950年代の後半には50万人以上の僧侶や尼僧たちが居た6,000以上の僧院や寺院が破壊された。ガンデン僧院などのいくつかの僧院
はそれだけでも街のように大きく、2000年以上の歴史のあるところもいくつかある。1970年代の後半には、8つの僧院のみが残さ

れていただけだという。バーネット氏が言うには、それ以来、1600以上の僧院や神聖な遺跡が中国政府や個人によって再建された。チベット博物館の副館長のダワ・ドラバ氏は展覧会の開催に際した訪米中、
「中国政府は、その時期に破壊された文化遺産に対し、尊大な配慮を与え、修復した」と主張した。中国は36億ドル(19億ポンド)を修復に使ったと言い、その上40億ドルをかけて、ポタラ宮、ノルブリンカ離宮、そしてサキャ僧院を修復したと主張する。しかしアメリカ国務省の2004年の人権執行に関する国別の報告書によると、沢山の僧院は再建立も修復もされず、いくつかは部分的に修復されただけだという。

美術館のコミュニティーにとってこの展覧会は、ユネスコ国際会議が美術館に対して定めた、
「侵略された領域」からの遺産を承継するこ とをユネスコのメンバーに阻止した、最新の倫理規定の範囲をテストし ていることになる。しかし、そのような領域から貸し出しされた物品 に関するガイダンスの詳述はない。

ダライ・ラマが「文化的虐殺」と呼んだ過去の中国政府による破壊活動をよそに、中国の戦略の攻勢は現在、拡大された自由と共に経済成長や商業をチベットにもたらしているかのように見える。焦点は美術品にあるというよりも、美術品のうしろにある意味の調整にある。
「(*展覧会は)その境界を不明瞭にしています」テトン氏は続ける。「私たちは中国による侵略が終わると信じています。彼らが持続
させようとしている帝国は継続できるようなものではないのです」…

ー以上

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